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「お兄ちゃんお兄ちゃん。可憐を置いてどこ行くの?」

「いや別に置いてくわけじゃないけど・・・。ちょっと床屋にね」

「それなら、今日は可憐がお兄ちゃんだけのヘアカタログになってあげるよ?」

言ってる意味はよく分からないが、要するに可憐は兄の髪の毛をカットしてあげたいのだ。

「まぁ・・・確かに金の節約にはなるか」

彼は特に髪型にこだわる方では無かったので、モノは試しとばかりにこの申し出を承諾することにした。


可憐BDSS

雰囲気づくり

作者:いちたかさん


兄がテーブルの椅子を持って風呂場に入ると、可憐はもう、櫛とハサミを手にして待ちわびていた。
急かされるように椅子に腰掛け、ケープをまとう。

「さぁ、お兄ちゃん。本日はどのようにいたしましょうか」

可憐のノリのいい声が風呂場に響いた。
兄の顔が思わずほころぶ。

「そうだね・・・。それでは全体的に3センチくらい切って頂こう」

彼は昔から、可憐が示す世界に同調することがよくあった。
それが可憐が、自分の兄を慕いつづける一番の理由でもあった。

「はぁい、がんばります」

可憐は霧吹きで兄の髪をまんべんなく濡らすと、左手に持った櫛で充分に梳かす。
手始めに後ろ髪の部分にハサミを入れると、そのままリズム良く、滑るように均等にカットしていく。

「おお、何だ何だ。結構上手いじゃないか、可憐」

「うふふ。お兄ちゃん、可憐はよくバニラの毛を整えたりしてるんですよ?」

「ああ・・・そうなんだ・・・」

猫の毛並と人間の髪の毛は別物なんじゃないかという疑問を押し込め、彼は事の成り行きを眺め続ける。

可憐の右手は、器用に兄の髪を切り進めていた。

(それにしても、可憐、自分でもこんなに上手く出来るなんて思わなかったな。これでお兄ちゃんに
 気に入ってもらっちゃったら、これからはずっと可憐がお兄ちゃんの髪の毛を・・・・・・)


チョキチョキチョキチョキジョギ(不幸の音)


「・・・・・・・・・あ・・・・・・」

「ん? どうした?」

「あ、ううん。何でもないの。前向いて、お兄ちゃん」

両手で兄の頭を挟んで、無理矢理正面を向かせる。

(ど・・・どうしよう・・・。調子に乗ってお兄ちゃんの頭に10円ハゲ作っちゃった・・・)

「なんかちょっと頭が寒いなぁ」

「あ! き、きっとお水がかかってるからだよ。ちょっと量が多かったみたい。
 うーん、やっぱり可憐はまだまだだね」

とりあえず気持ちを落ち着けて、可憐は解決策を考えながらヘアカットを続けた。
しかし先程までとは違い集中力が切れているので、不揃いの長さの髪の段が
どうしても兄の頭に出来上がっていってしまう。

そしてそんな事にも気付かないほど、今の可憐は追い詰められていた。

「あの、お兄ちゃん。クラウドベリージャムって知ってる? 可憐、お友達からCD借りたんだけどね」

返事が無い。

「『雰囲気づくり』っていうんだけど、可憐とっても気に入っちゃったの。
 よかったら、お兄ちゃんにも聴いてほしいな」

返事が無い。

まさかばれてしまったのかと不安にかられていると、やがてその耳に届いてきたのは、兄の寝息だった。
チャンスとばかりに可憐はハサミを動かす手を休め、信頼を損なわない為に頭をフル回転させる。

(どうしよう・・・。とりあえずマジックで塗ったら・・・ダメだよね。あ、でも油性なら・・・)

時間はあっても、正常な思考が働かなければ意味が無い。

(とにかく、目立たないようにしなくっちゃ・・・・・・)

深呼吸してしばらく考えた後、可憐は地雷の地点から外に向かって、再びハサミを活発に動かし始めた。










「お兄ちゃん。お兄ちゃん。終わりましたよ」

可憐に肩を揺すられて、兄はゆっくりと目を覚ました。
一つ大きなあくびをついて、彼は自分の髪型を確認する。

鏡に映った、丸刈りの自分の頭が目に入った。

「おー、さっぱりしたねぇ」

「すっきりしたよね〜」

「うん、すっきり丸刈りーってバカ! 何で丸刈りになってんだよ!」

「え? お、お兄ちゃん、丸刈りにしてって、言わなかったかなぁ?」

「言ってないよ! 何そんな『私は言われた通りにしただけです』みたいな顔してんの!」

「うぅ・・・ぐすん。お兄ちゃん、そんなに大きな声で怒らなくっても・・・」

弱々しい声の響きに彼は、さっと平常心を取り戻す。
もう一度、鏡の中の自分を眺めてみた。
やっぱり丸刈りだった。

「・・・・・・まぁ、切っちゃったもんはしょうがないよなぁ。
 いいよ、ありがとう。これから冬に向けて長くなっていけば丁度いいし」

無理矢理に自分を納得させ、怒りを静める。
可憐に頼んだのは他ならぬ、自分自身。

丸まった頭を撫でながら、彼は精一杯の笑顔を見せた。

「ごめんなさい、お兄ちゃん。・・・でも、可憐は松ちゃんみたいでかっこいいと思うよ?」

「それ喜んでいいの?」

「お兄ちゃん・・・可憐のこと、・・・・・・嫌いになった・・・・・・?」

彼は困ったように笑みを浮かべた。
丸刈りにされた位でいちいち嫌いになるとしたら、似たような事は過去にどれだけあっただろう。

「いや。もう(ちょっとしか)怒ってないよ。・・・これからも”時々”頼むよ、可憐」

「うん。これからはずっと可憐がお兄ちゃんの床屋さんだね」

「だから時々でいいって」

「次はリベンジだよ、お兄ちゃん」

こういう時に可憐に何を言っても無駄だ。
彼にはそれがよく分かっていた。

「お兄ちゃん・・・」

「なに」

「お兄ちゃんのノリツッコミ、面白かったよ」

「後片付け、お願いね」

吐き捨てるようにそう言うと、彼はさっさと風呂場を後にした。










その夜。
兄が自分の部屋で「丸刈りもアリか」などと鏡を見ながら悦に入っていた時、突然、可憐から
自分の部屋に来てほしいと頼まれた。

部屋の前まで来ると可憐は、兄に少しここで待っているように言って、自分は中へと入っていく。

言われるままに待ちながら彼は、妹のことを考えた。
彼女は常に自分のことを一番に考えてくれる。それで充分だった。

やがて彼を呼ぶ声がした。
言われるままにそのドアを開け、彼はその場に立ち尽くす。

「いらっしゃいませー」

まるでどこかのお店を模したような内装に、様々なカツラが陳列されていた。
可憐が両手を広げて、言葉を続ける。

「お兄ちゃん、お好きなものをどうぞ」

まったく、可憐はどこまで本気でどこから冗談なのか本当に分からない。

それでも彼は今日もう少しだけ、自分の妹に付き合ってあげることにしたのだ。






あとがき

マイシスターのバースデイ。妹の誕生日。おめでとう可憐。
「お兄ちゃん」の回数22回。「お兄ちゃん大好き」ありがとう可憐。
それではまた、機会がありましたらお付き合い下さい。
最後まで読んでいただき本当に、ありがとうございました。


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